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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)103号 判決

愛知県刈谷市昭和町1丁目1番地

原告

株式会社デンソー

(旧商号・日本電装株式会社)

代表者代表取締役

石丸典生

訴訟代理人弁理士

碓氷裕彦

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

荒井寿光

指定代理人

山下喜代治

及川泰嘉

内藤照雄

吉野日出夫

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者が求める裁判

1  原告

「特許庁が平成5年審判第6309号事件について平成6年2月24日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和59年3月8日、名称を「車両用交流発電機」とする発明(以下、「本願発明」という。)について特許願(昭和59年特許願第45082号)をしたが、平成5年2月16日に拒絶査定がなされたので、同年4月7日に査定不服の審判を請求し、平成5年審判第6309号事件として審理された結果、平成6年2月24日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は同年3月31日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

出力用コイルが巻回された電機子鉄心内周側に配置されると共に、ランデル型爪状磁極及び該磁極内周側に巻装配置された界磁コイルを有する回転子を備えた車両用交流発電機において、

界磁コイルに励磁電流を流すことにより前記爪状磁極を磁化する巻線界磁磁気回路と、

隣接する前記爪状磁極間に配置された永久磁石により前記爪状磁極を前記巻線界磁磁気回路と並列的に磁化する永久磁石磁気回路とを備え、

前記界磁コイルの励磁電流遮断時は前記永久磁石よりの磁束の一部が前記爪状磁極を有する回転子内を循環すると共に他の一部が前記電機子鉄心へ向かうようにし、前記励磁電流通電時は前記永久磁石よりの磁束のほとんどが前記巻線界磁磁気回路の磁束と共に前記電機子鉄心へ向かい相加わりあうようにすると共に、

前記永久磁石の磁気力は、前記界磁コイルの励磁電流を遮断することにより前記界磁コイルによる前記電機子鉄心へ向かう磁束を除いた時の発電量が車両の常用負荷需要値とほぼ等しく、かつ越えないような強さに設定されていることを特徴とする車両用交流発電機(別紙図面A参照)

3  審決の理由の要点

(1)本願発明の要旨は、その特許請求の範囲1項に記載された前項記載のとおりと認める。

(2)拒絶査定の理由は、本願発明は、昭和47年特許出願公開第12826号公報(以下、「引用例1」という。別紙図面B参照)及び昭和54年特許出願公開第116610号公報(以下、「引用例2」という。別紙図面C参照)に記載されている発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないというものである。

(3)引用例2には、回転軸2に対向配置された爪状磁極4及び両爪状磁極4間に配置された界磁線輪5を有する回転子6を、固定子巻線8が巻回された固定子9の内周側に配置し、界磁線輪5に電流を供給することにより、爪状磁極4から固定子9に至る主磁束φgを生じる自動車用充電発電機において、両爪状磁極4間の空間13中に、硬磁性材料(例:フェライト粉)を含んだ接着剤(例:エポキシ樹脂)15を充填し、加熱固化させると共に、界磁線輪5に常用の界磁電流と逆方向に電流を流して硬磁性材料を着磁し空間13に生じる漏洩磁束を減殺する方向H1に磁化したものが開示されている。

そして、加熱固化及び着磁の処理がなされた後の接着剤15は、上記方向H1に磁化された永久磁石として機能することが明らかであるから、上記自動車用充電発電機の常用運転時において、この永久磁石から発生する磁束が循環する磁気回路を検討すると、界磁線輪5に電流を供給しない時には、同磁束の一部は一方の爪状磁極4から同爪状磁極4の基部及び他方の爪状磁極4の基部を介して他方の爪状磁極4に至って、回転子6内を循環し、他の一部は一方の爪状磁極4を介して固定子9に向かった後再び固定子9から他方の爪状磁極4を介して戻るが、界磁線輪5に電流を供給した時には、界磁線輪5から主磁束φgが発生するので、同永久磁石から発生する磁束は、ほとんどが、主磁束φgと共に、爪状磁極4を介して固定子9に向かうことになる。

したがって、かかる磁気回路に着目すると、引用例2には、要するに、次のとおりの発明が実質的に記載されているものと認められる(なお、かっこ書きは、理解の便のために実際の表現を示す。):

「出力用コイル(固定子巻線8)が巻回された電機子鉄心(固定子9)内周側に配置されると共に、ランデル型爪状磁極(爪状磁極4)及び該磁極(4)内周側に巻装配置された界磁コイル(界磁巻線5)を有する回転子(6)を備えた車両用交流発電機(自動車用充電発電機)において、

界磁コイル(5)に励磁電流を流すことにより前記爪状磁極(4)を磁化する巻線界磁磁気回路(主磁束φg)と、

隣接する前記爪状磁極(4)間に、配線された永久磁石(爪状磁極4間の空間13に充填され、加熱固化されると共に着磁により硬磁性材料が方向H1に磁化された接着剤15)により前記爪状磁極4を前記巻線界磁磁気回路(φg)と並列的に磁化する永久磁石磁気回路と、

前記界磁コイル(5)の励磁電流遮断時は前記永久磁石(15)よりの磁束の一部が前記爪状磁極(4)を有する回転子(6)内を循環すると共に、他の一部が前記電機子鉄心(9)へ向かうようにし、前記励磁電流通電時は前記永久磁石(15)よりの磁束のほとんどが前記巻線界磁磁気回路の磁束(φg)と共に前記電機子鉄心へ向かい相加わりあうようにすると共に、

前記永久磁石(15)の磁気力は、隣接する前記爪状磁極(4)間の空間(13)に生じる漏洩磁束を減殺するように設定されている車両用交流発電機

(4)本願発明と引用例2記載の発明との対比

本願発明と引用例2記載の発明とを対比すると、両者はともに、

「出力用コイルが巻回された電機子鉄心内周側に配置されると共に、ランデル型爪状磁極及び該磁極内周側に巻装配置された界磁コイルを有する回転子を備えた車両用交流発電機において、

界磁コイルに励磁電流を流すことにより前記爪状磁極を磁化する巻線界磁磁気回路と、

隣接する前記爪状磁極間に配置された永久磁石により前記爪状磁極を前記巻線界磁磁気回路と並列的に磁化する永久磁石磁気回路と、

前記界磁コイルの励磁電流遮断時には前記永久磁石よりの磁束の一部が前記爪状磁極を有する回転子内を循環すると共に他の一部が前記電機子鉄心へ向かうようにし、前記励磁電流通電時は前記永久磁石よりの磁束のほとんどが前記界磁巻線磁気回路の磁束と共に前記電機子鉄心へ向かい相加わりあうようにすると共に、

前記永久磁石の磁気力は、所定の強さに設定されている車両用交流発電機」

である点において一致するが、

永久磁石の磁気力について、本願発明が、「前記界磁コイルの励磁電流を遮断することにより前記界磁コイルによる前記電機子鉄心へ向かう磁束を除いた時の発電量が車両の常用負荷需要値とほぼ等しく、かつ越えないような強さに」設定されているのに対し、引用例2記載の発明は、「隣接する前記爪状磁極(4)間の空間(13)に生じる漏洩磁束を減殺するように」設定されており、かかる規定を有しない点において相違する。

(5)相違点についての判断

一般に、界磁コイルと永久磁石を備えた発電機において、永久磁石から主磁束を供給して所定の界磁起磁力を得ると共に、界磁コイルから補助的な磁束を作用させて運転時の負荷状態に応じた所望の界磁起磁力を得るようにすることは、既によく知られた事項にすぎない(必要ならば、例えば、昭和49年実用新案登録願第55721号(昭和50年実用新案公開第144211号)のマイクロフィルム、昭和52年特許出願公開第40706号公報、あるいは、IPC分類HO2K21/04の項目展開を参照)。この点について、前記拒絶理由において引用された引用例1には、回転子に周方向に空間をおいて配置された磁極(S極7、N極8)を有し、隣接する磁極(7、8)間の該空間に永久磁石(ブロック磁石9)を配置した交流発電機において、永久磁石(9)を励磁用の主磁束の発生に用いるものが記載されている。

したがって、回転子に周方向に空間(13)において配置された磁極(4)を有し、隣接する磁極(4)間の該空間(13)に永久磁石(15)を配置した点で引用例1に記載されたものと共通する引用例2記載の発明において、永久磁石(15)を主磁束供給用として用い、例えば、車両の常用負荷需要時に見合った励磁を供給すべく、永久磁石(15)の磁気力を「前記界磁コイル(5)の励磁電流を遮断することにより前記界磁コイル(5)による前記電機子鉄心(9)へ向かう磁束(φg)を除いた時の発電量が車両の常用負荷需要値とほぼ等しく、かつ越えないような強さに設定されている」と規定することは、必要に応じて容易に採用しえたものといわざるをえない。

(6)以上のとおりであるから、本願発明は、引用例1及び引用例2記載の発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められる。したがって、本願発明の特許出願は、拒絶査定と同旨で拒絶すべきものである。

4  審決の取消事由

本願発明と引用例2記載の発明との間に審決認定の相違点があること、及び、引用例1に審決認定の技術的事項が記載されていることは認める。しかしながら、審決は、引用例2記載の技術的事項の認定を誤って本願発明と引用例2記載の発明との相違点を看過し、かつ、その認定した相違点の判断を誤った結果、本願発明の進歩性を否定したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)相違点の看過

審決は、引用例2記載の発明について、「界磁線輪5に電流を供給した時には、界磁線輪5から主磁束φgが発生するので、同永久磁石から発生する磁束は、ほとんどが、主磁束φgと共に、爪状磁極4を介して固定子9に向かうことになる。」としたうえ、「励磁電流通電時は前記永久磁石(15)よりの磁束のほとんどが前記巻線界磁磁気回路の磁束(φg)と共に前記電機子鉄心へ向かい相加わりあうようにする」ものであると認定している。

確かに、引用例2には、回転子の爪状磁極4間の空間13及び爪状磁極4と界磁線輪5とが形成する空間14に充填した接着剤15に含まれる硬磁性材料粉を着磁して永久磁石とすることによって、「硬磁性材料粉は第3図中H1、H2で示す方向に磁化され、第2図に示した漏洩磁束φ1、φ2を減殺させる方向に作用し、漏洩磁束を著るしく減少させることができる。なお、本発明の効果をさらに増加させるためには、硬磁性材料粉を含んだ接着剤の加熱固化処理中に界磁巻線に電流を通電すれば、硬磁性材料粉に異方性が生じ、磁力は大となり、漏洩磁束はさらに減少させることができる」(2頁右上欄11行ないし20行)ことが開示されている。しかしながら、上記開示が意味するところは、永久磁石の磁気力によって界磁線輪の漏洩磁束を極めて小さくする(正から零に近付ける)ということであって、審決認定のように「界磁線輪5に電流を供給した時には、(中略)永久磁石から発生する磁束は、ほとんどが、主磁束φgと共に、爪状磁極を介して固定子9に向かう」(界磁線輪の漏洩磁束の方向を転じ、正から負にする)ことは引用例2には記載されていない。

詳説すれば、引用例2記載の発明においては、界磁線輪5により形成される磁気回路と、永久磁石により形成される磁気回路とが磁気的に並列接続され、永久磁石が発生する磁束が界磁線輪5が発生する漏洩磁束を減殺する強さしか有しないので、永久磁石が発生する磁束は、界磁線輪5が発生する漏洩磁束を減殺することに費やされ、固定子9には通じないのであって、「界磁線輪5に電流を供給した時には、(中略)永久磁石から発生する磁束は、ほとんどが、主磁束φgと共に、爪状磁極4を介して固定子9に向かう」ようにするためには、永久磁石の磁気力を界磁線輪5の磁気力より十分に強く設定することが必要である(別紙「原告参考図面」参照。なお、接着剤に含まれる硬磁性材料粉を着磁した永久磁石の磁気力は微弱であるから、界磁線輪の磁気力に競り勝って磁束を固定子に通ずることは、技術的に困難である。)。

したがって、審決は、本願発明と引用例2記載の発明との重要な相違点を看過しており、この相違点の判断の遺脱が審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。

(2)相違点の判断の誤り

審決は、その認定した相違点の判断において、「回転子に周方向に空間(13)において配置された磁極(4)を有し、隣接する磁極(4)間の該空間(13)に永久磁石(15)を配置した点で引用例1に記載されたものと共通する引用例2記載の発明」と説示して、引用例1記載の発明と引用例2記載の発明とは構成及び磁束制御の原理において共通するとの判断を示している。

しかしながら、永久磁石の磁束を制御コイルにより減少制御する引用例1記載の発明と、界磁コイルからの磁束を発電の主磁束とする引用例2記載の発明とは、発電における磁束制御の原理が異なっている。すなわち、引用例2記載の発明では、界磁線輪5に電流を供給した場合、永久磁石から発生する磁束は、漏洩磁束を打ち消すために費やされるのみで、実質的に固定子9に向かわないのであり、界磁線輪5よりの磁束を発電に対する有効磁束として用いるものであるのに対し、引用例1記載の発明における発電機は、永久磁石(9)のみを備えた回転子と静止固定された制御巻線(13)とを有し、制御巻線(13)により発生された固定子(2)を通らない補助磁束により、回転子内の磁束の飽和状態を制御して発電量を制御するものであり、永久磁石(9)の磁束を制御巻線(13)により減少させる制御を行っているものであるから、両者の発電機としての磁束制御の原理は全く異なっている。したがって両者は、構成も著しく異なるものであるから、両者の技術的事項を組み合わせることは困難である。

そして、本願発明は、その要旨とする構成によって、通電エネルギーの有効利用を図り、逆方向通電の制御手段を不要にするという顕著な作用効果を奏するのである。

したがって、引用例2記載の発明において、「永久磁石の磁気力を、前記界磁コイルの励磁電流を遮断することにより前記界磁コイルによる前記電機子鉄心へ向かう磁束を除いた時の発電量が車両の常用負荷需要値とほぼ等しく、かつ越えないような強さに設定」することは、当業者といえども容易に想到しえた事項ではない。

よって、審決の相違点の判断も、誤りである。

第3  請求原因の認否及び被告の主張

請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は認めるが、4(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。

1  引用例2記載の技術的事項について

原告は、引用例2には「界磁線輪5に電流を供給した時には、(中略)永久磁石から発生する磁束は、ほとんどが、主磁束φgと共に、爪状磁極4を介して固定子9に向かう」ことは記載されておらず、審決は本願発明と引用例2記載の発明との相違点を看過していると主張する。

しかしながら、引用例2記載の発明においては、別紙「被告参考図面」に図示したとおり、界磁コイル5に電流を供給しないときは、永久磁石15から発生する磁束φpの一部φprは爪状磁極4から基部を経て他方の爪状磁極4に至り、他の一部φpgは爪状磁極4及び空隙を介して電機子鉄心9に向かった後、再び空隙及び爪状磁極4を介して永久磁石15に戻る(b-1図)。一方、界磁コイル5に電流を供給したときは、爪状磁極4の基部が電磁石として機能し磁束φを発生するが、永久磁石15も磁束φpを発生しているから、両磁石は、低磁気抵抗路をなす爪状磁極4及び電機子鉄心9を通る磁路へ、より多くの磁束を流そうとする(b-2図)。したがって、電磁石が発生する磁束φのほとんどが、主磁束φgとして空隙を介して電機子鉄心9に向かうが、永久磁石15が発生する磁束φpのほとんどを占めるφpも、同じく空隙を介して電機子鉄心9に向かう(その結果として、漏洩磁束を減殺できる)のであるから、「励磁電流通電時は永久磁石(15)よりの磁束のほとんどが界磁巻線磁気回路の磁束(φg)と共に電機子鉄心へ向かい相加わりあう」ことになる。

界磁電流供給時のこのような磁束分布は、例えば引用例1(Fig.3)あるいは昭和57年特許出願公開第71256号公報(乙第2号証)に示されているように技術常識にすぎず、本願発明と引用例2記載の発明とが磁気回路として等価なものであることは明らかである。

この点について、原告は、引用例2記載の発明の永久磁石が発生する磁束は、界磁コイルが発生する漏洩磁束を減殺する強さしか有しないので固定子9には通じないと主張する。

しかしながら、界磁回転子の爪状磁極における漏洩磁束を減殺するために使用される永久磁石の磁気力の強さは、例えば昭和49年特許出願公開第89110号公報(乙第4号証)にも開示されているように、運転時の磁束分布を考慮して適宜に決定しうる設計事項にすぎず、引用例2記載の永久磁石15も、少なくとも界磁線輪5に電流が供給される運転時において、相隣合う爪状磁極間の漏洩磁束を著しく減少させるのに十分な磁気力を有しているというべきであるから、原告の上記主張は失当である。

以上のとおりであるから、審決の一致点の認定に誤りはなく、審決に相違点の看過は存しない。

2  相違点の判断について

原告は、引用例1記載の発明と引用例2記載の発明とは発電における磁束制御の原理が異なり、したがって構成も著しく異なるから、両者の技術的事項を組み合わせることは困難であり、永久磁石の磁気力を本願発明が要旨とするように設定することは当業者といえども容易に想到しえた事項ではないと主張する。

しかしながら、審決が本願発明と引用例2記載の発明との相違点の判断において引用例1を引用した趣旨は、永久磁石を用いた発電機では、永久磁石に主磁束を発生させるとともに、界磁線輪により補助的な磁束を発生させて発電機の出力を調整することは周知の事項であることを例証するためであり、具体的な発電機の構成を引用したものではない。このことは、引用例1に「回転子内の永久磁石により励起された磁束を制御するため、磁石に並列に、制御される静止磁気分路を配置することが提案されている。制御アンペア回数の大きさと方向に応じて、永久磁石の磁束束から任意可変の部分磁束が差引かれたり或いは永久磁石の磁束に付加され、それによって固定子を通る主磁束が弱められたり強められたりする。」(1頁右下欄3行ないし9行)と記載されていることから明らかである。

また、引用例2記載の発電機が永久磁石の磁気力のみでも発電可能であることは別紙「原告参考図面」のb-1図のように自明であり、永久磁石として磁気力の強いものを採用することによって主磁束を発生させることも適宜に行いうる設計事項にすぎないから、原告の上記主張は当たらない。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第1  請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。

1  成立に争いのない甲第2号証(特許願書添付の図面)、第3号証(平成3年2月28日付け手続補正書添付の全文補正明細書。以下、「本願明細書」という。)及び甲第5号証(平成5年5月7日付け手続補正書。以下、「手続補正書」という。)によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果が次のように記載されていることが認められる(別紙図面A参照)。

(1)技術的課題(目的)

本願発明は、車両用交流発電機(特に、爪状磁極を界磁回転子とする車両用交流発電機)に関するものである(本願明細書3頁2行ないし4行)。

従来、ランデル型爪状磁極を界磁回転子とする車両用交流発電機では、発電機の出力を向上させる手段として、爪状磁極側面対向部間及び爪状磁極と界磁線輪(以下、「界磁コイル」という。)との間における漏洩磁束が多いことに着目し、この部分に鉄粉等の磁性材料を含んだ接着剤を充填して漏洩磁束と反対方向に着磁することにより漏洩磁束を減らし、発電機の出力を向上させる技術が提案されている(同3頁6行ないし14行)。

しかしながら、従来技術では、鉄粉等が巻線近傍に付着することにより耐圧の著しい劣化が生ずる欠点、あるいは、十分な固着力を得るには大量の接着剤を混合する必要があるため、巻線電磁石がフル励磁される際、これに対抗できる最低限の抗磁特性も得がたい欠点がある(同3頁16行ないし4頁3行)。

また、抗磁特性を得るため磁石の磁力を強く設定すると、車両の負荷需要量より大きい発電電力が発生することが考えられ、この発電電力を低下させるために界磁コイルに逆方向の電流を通電して磁石の磁束を減殺する必要が生じ、界磁コイルに両方向に通電する回路が必要になるという問題がある(手続補正書2枚目7行ないし13行)。

本願発明は、漏洩磁束を効果的に低減し、界磁コイル及び永久磁石の両磁束を合成して大幅に出力を向上させるとともに、界磁コイルに両方向に通電する回路を不要とし、さらに、界磁コイルの励磁が零付近でも所定の出力を得ることができる車両用交流発電機を提供することを目的とする(手続補正書2枚目14行ないし17行、本願明細書4頁12行ないし15行)。

(2)構成

上記目的を達成するために、本願発明は、その要旨とする構成を採用したものである(手続補正書5枚目2行ないし6枚目3行)。

(3)作用効果

本願発明は、永久磁石を隣り合う爪状磁極間に配置したことによって、爪状磁極間に生ずる漏洩磁束を効果的に減少させ、かつ、界磁コイル及び永久磁石の両磁束を電機子巻線に鎖交させることによって、発電出力を大幅に向上させることができる。また、永久磁石の磁気力を界磁コイル遮断時の発電量が常用負荷需要値とほぼ等しく、かつ越えないように設定することによって、常用負荷駆動時には界磁コイルの通電量を抑えることができ、かつ、負荷需要の高まりに従って界磁コイルの通電量を増加して発電量を増加させることはあっても、常用負荷需要量より小さくすることがないため、永久磁石による有効磁束を弱めるために界磁コイルに逆方向の電流を流す付加制御手段を設ける必要がなく、簡潔な構成にすることができる(手続補正書4枚目3行ないし17行)。

2  一致点の認定について

原告は、引用例2には「界磁線輪5に電流を供給した時には、界磁線輪5から主磁束φgが発生するので、同永久磁石から発生する磁束は、ほとんどが、主磁束φgと共に、爪状磁極4を介して固定子9に向かう」ことは記載されておらず、審決は本願発明と引用例2記載の発明との重要な相違点を看過していると主張する。

検討するに、前掲甲第3号証によれば、本願明細書には「励磁巻線2の励磁電流が零で、回転子の励磁力が永久磁石3の励磁のみの場合には、永久磁石の磁束の大半は界磁鉄心を短絡回路として回転子鉄心内部で循環し循環しきれないわずかな磁束が電機子鉄心に向かい、これにより発電作用を及ぼす。このときの発電出力電流特性は第4図にて実線で示す通りであり、発電機使用回転域での出力電流IMにより車両常用負荷ILの大半をまかなえる(中略)。なお、第4図の(中略)点線は巻線励磁による磁束と永久磁石励磁による磁束とが加わり合うことによる発電機出力電流特性を示す。巻線励磁が加わると永久磁石磁束は鉄心を循環しきれなくなり、回転子鉄心の磁束と相加わって電機子に向かう。すなわち、磁石と巻線の両方の磁束が相加わって発電に作用する」(7頁12行ないし8頁14行)と記載されていることが認められる。この記載と、磁気回路の理論、すなわち、界磁コイルの励磁電流遮断時は、永久磁石よりの磁束の一部が爪状磁極を有する回転子内を循環するとともに、他の一部が電気子鉄心へ向かうこととを併せ考えれば、本願発明が要旨とする「励磁電流通電時は前記永久磁石よりの磁束のほとんどが前記巻線界磁磁気回路の磁束と共に前記電機子鉄心へ向かい相加わりあう」ことの技術的意味は、励磁電流を増加させていくと、永久磁石の発生する循環磁束が、界磁コイルの発生する逆方向の磁束と重なり合って見掛け上ゼロになるときがあること、これより更に励磁電流を増加すると、界磁コイルが発生する循環磁束が永久磁石の発生する逆方向の循環磁束を凌駕するようになること、他方、電機子に向かう磁束は、永久磁石の発生する磁束と界磁コイルの発生する磁束とが相加わったものであり、これが発電に寄与するものであることと解することができる。しかるに、引用例2記載の爪状磁極発電機が、この点において本願発明と同一の構造を有するものであることは原告も争わないところであるから、その励磁電流を徐々に増加させれば、引用例2記載の爪状磁極発電機においても上記と全く同一の現象が生ずると考えざるをえない。

この点について、原告は、引用例2記載の永久磁石が発生する磁束は界磁コイルが発生する漏洩磁束を減殺することに費やされ、固定子には通じないと主張する。しかしながら、固定子(電機子)に向かう磁束は、前記のとおり、永久磁石の発生する磁束と界磁コイルの発生する磁束とが相加わったものであるから、原告の上記主張は不合理である。

また、原告は、「界磁線輪5に電流を供給した時には、(中略)永久磁石から発生する磁束は、ほとんどが、主磁束φgと共に、爪状磁極4を介して固定子9に向かう」ようにするためには、永久磁石の磁気力を界磁線輪5の磁気力より十分に強く設定することが必要である」と主張する。

しかしながら、「励磁電流通電時は前記永久磁石よりの磁束のほとんどが前記巻線界磁磁気回路の磁束と共に前記電機子鉄心へ向かう」ようにするためには、永久磁石の磁気力を界磁コイルの磁気力との関係で相対的に強く設定することが必要なのではなく、いわゆる「重ねの理論」に基づき、永久磁石の発生する磁気力自体の絶対的な強さが重要であることは自明であるところ、成立に争いのない甲第7号証によれば、引用例2には、「漏洩磁束(中略)は極数の増加および磁路の飽和の高さと共に増加し、(中略)全磁束量の40%程度にも達する。」(1頁右下欄19行ないし2頁左上欄1行)と記載されていることが認められ、その永久磁石の磁気力が相当強力なものであることが開示されているから、原告の上記主張も当たらない。

よって、審決は本願発明と引用例2記載の発明との相違点を看過しているという原告の主張は失当である。

3  相違点の判断について

原告は、永久磁石の磁束を制御コイルにより減少制御する引用例1記載の発明と、界磁コイルからの磁束を発明の主磁束とする引用例2記載の発明とは、発電における磁束制御の原理が異なり、構成も著しく異なるから、両者の技術的事項を組み合わせることは困難であると主張する。

確かに、引用例2記載の発明と引用例1の発明とは、発電に主として寄与する磁束を発生するものが異なり、したがって磁束制御の原理が異なることは否定できない。しかしながら、回転子の磁極間に永久磁石を有し、かつ、励磁コイルを有するという具体的構成において両者が共通することは明らかであるから、「永久磁石(9)を励磁用の主磁束の発生に用いる」、すなわち界磁コイルの励磁電流遮断時は永久磁石が発生する磁束のみによって発電するという引用例1記載の技術的事項(引用例1に上記技術的事項が記載されていることは、当事者間に争いがない。)を引用例2記載の発明に適用することは、当業者ならば容易になしえた事項というべきである。

また、原告は、本願発明は通電エネルギーの有効利用を図り、逆方向通電の制御手段を不要にするという顕著な作用効果を奏するから、永久磁石の磁気力を本願発明が要旨とするように設定することは当業者といえども容易に想到しえた事項ではないと主張する。

しかしながら、界磁コイルの励磁電流遮断時における永久磁石による発電量をどの程度にするかは、コストベネフィット、操作性あるいは装置の大きさ等を考慮して、当業者が適宜に決定すべき設計事項であるから、原告の上記主張は当たらない。なお、原告が主張する本願発明の作用効果は、当業者ならば、引用例2記載の発明に引用例1記載の技術的事項を適用することにより容易に予測しえた事項にすぎない。

したがって、審決の相違点の判断は正当である。

4  以上のとおりであるから、審決の認定判断は正当として肯認しうるものであって、本願発明の進歩性を否定した審決に原告主張のような誤りはない。

第3  よって、審決の取消しを求める原告の本件請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 持本健司)

別紙図面 A

第1図は本発明になる車両用交流発電機の第1実施例の構成を示す爪状磁極の円周方向部分縦断図面、第2図は第1図図示の矢印A方向から見た上面模式図、第3図は本発明になる車両用交流発電機の部分断面側面図、第4図は本発明になる車両用交流発電機の特性を説明する特性図

1…瓜状磁極 2…励磁巻線 3…永久磁石

〈省略〉

別紙図面 B

1…ケーシング 2…固定子 3…固定子巻線 4…回転軸6…回転子ボス部 7…回転子S極 8…回転子N極 9…磁石 12…磁気帰路部 13…制御巻線

〈省略〉

別紙図面 C

1…ブラケット 2…回転軸 3…ベアリング 4…爪形磁極5…界磁線輪 6…回転子 7…継鉄 8…固定子巻線 9…固定子鉄心 12…スリップリング 13、14…空間 15…硬磁性材料粉を含んだ接着剤

〈省略〉

原告参考図面

〈省略〉

被告参考図面

〈省略〉

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